淳和院跡
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淳和院(じゅんないん)は右京四条二坊十一町〜十四町までの四町、南北516m、東西252mに擁された淳和天皇の離宮である。別名、西院とも呼ばれ、現在の地名のもととなっている。
淳和院は淳和天皇が皇太弟時代から使っていた宮であり、当初は南池院と呼ばれていた。天皇は天長10年(833)に譲位すると同時に、この南池院を淳和院と改称し、仙洞(上皇の御所=後院)と定めた。
承和7年(840)に上皇は淳和院において崩御し、その後は太皇太后正子内親王が御所とした。
近辺の春日神社には礎石が残り、高山寺には石碑が建っている。